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院長myストーリー

 

昭和37年9月、北九州市八幡西区藤田町生まれ。(春日神社の近くです)
双葉幼稚園・黒崎小学校・黒崎中学校と地元のエリートコースを歩みました。(笑)

地元の祭り、黒崎祇園は3歳から18歳まで1回たりとも出ないことはない程の「山のぼせ」でした。
まだ、黒崎小学校で競演会を行っていたころから、小太鼓を担当し(黒崎祇園は、大太鼓・小太鼓・鐘と3人で1チーム)、藤田六番山(私の所属)は何度も優勝した経験があります。(かなりの自慢話(笑))

ちなみに、六角堂治療院の名前の由来は?ってよく聞かれますが、ひとつは六という数字は完全なる数字と言われてます。
六の数字を分解すると、1・2・3からできていますが、この分解した数字を全てたすと六の数字になりこれは1~10までの数字では六しかありません。
それと、六角形は非常に強い(外部からくる衝撃など)構造体だそうで、現代の建築学的にも証明されています。それを自然界は知っているのか、ハチの巣・雪の結晶・太陽の光の屈折角などなど六角形は多く、その自然界の強さにあやかりたいという意味で付けたのですが、それと自分が住んでいた町が六分団であり藤田六番山という縁からで、私には六の数字と縁が深いのです。

18歳で大学進学の為、山梨県甲府市に移住しました。この頃は山梨県の位置や県庁所在地さえ知らない、当然知り合いの一人もいない状況での大学生活でした。今では箱根駅伝で少しは有名になりました、山梨学院大学法学部に入学。初めての経験が多い大学生活で初一人暮らし・初手料理・初ホームシック・初富士山・初軽井沢・初続きで大変いい経験をさせて頂きました。

就職のため東京へ。何故か一番苦手としている営業職を選び小さな化粧品メーカーに就職。
ここでは本当に、社会人とは・営業とはを徹底的に叩きこまれました。また、身体のことや健康のことに対して興味を持ち始めたのもこの会社のおかげだと思います。

20代の一代イベント。化粧品メーカーを3年で退社し、1年間だけ、今しか経験出来ないことを!自分の幅を増やすため!を旗印に(よくある若気の至りです)、北海道釧路市別海町の牧場で半年間アルバイト。ここの牧場経験は実に新鮮でワクワク全開でした。半年間勤め上げた後バイクで北海道をはじめ、東北地方を巡った思い出は今も忘れられません。
その後、外国へ。香港から入国、中国南東部から2ヶ月かけて北京へ向かい、友人宅に2ヶ月程居候し、その間、北京周辺の色々なところを巡りました。
その後、シベリア鉄道でその当時はソ連 モスクワへ1週間の汽車の旅でした。
日本では考えられない風景、街並み、人柄、何もかもが初体験の花火が頭の中で上がってました!それからモスクワ滞在後、ポーランドを経て、西ドイツのベルリン(その当時はベルリンの壁が壊された1年後に訪問)、西ドイツからスイス、フランス、ギリシャ、エジプトと回りました。
この経験は、一生忘れることがない程の体験であり、今の私のこやしになっていることは間違いありません。

30代でようやく天職に出会う。化粧品メーカーで営業をしていたころから身体のこと、健康のことは興味がありましたが、現在の職に巡り合うまでは3年程かかりました。この時期は大変に悩みぬいて、悩みまた悩みの連続でした。そうしていると偶然にも整骨院の先生と知り合い、人の痛みを取り除き喜ばれ、感謝される治療業に興味を持ちました。
しばらくして、本気でこの職に決めたのは父の死でした。
父は脳梗塞で倒れ、右半身麻痺の状態でしたが自分は何もできないし手助けさえ出来ない状況に悔しい思いだけ残したまま父は他界。
この出来事が本気で治療業職に就く覚悟ができ、人を触り治療をするのであれば国家資格が必要だと思って早稲田医療専門学校(鍼灸科)に入学しました。
今でも思い出しますが、人生で一番勉強をしました。(今もちゃんと勉強してます(笑))専門学校入学と同時に東京の世田谷にある五腱整骨院に勤め始めて、専門学校卒業後に五腱整骨院 下馬分院の分院長を任されました。その時に、佐藤允彦が下馬分院で一緒に働いてくれたのです。ちなみに佐藤允彦は私の後、数年後に下馬の分院長を任されております。

東京での修業中、沸々と故郷 黒崎での開業を志すようになりました。治療業界に身を置いて10年以上経ち、経験・実力・技術的にも自信が付き、何年後に開業すると目標設定をしました。それが・・・・・

44歳で故郷 黒崎で開業を決め25年ぶりの帰郷になりました。黒崎には、毎年1回程度は帰郷していたのですが、ここで生活をする目線で見渡すと、色々なことが激変していることに改めて感じられました。
しかし、後戻りできないという思いと、期待と不安と地元愛を旗印に平成18年11月15日に開業の運びとなりました。

現在・・・今年(平成28年)で早いもので、満10年が経ちました。今では、5年程まえから東京世田谷で五腱整骨院で一緒に働いていた佐藤允彦が、六角堂治療院で共に働いています。佐藤は同じ北九州市出身で彼も帰郷を決心してUターン組です。
女性、スタッフの中川は六角堂治療院を開業当初から頑張って働いてくれており、六角堂治療院内の目配り・気配り・心配りをモットーに患者さんの対応をして貰っています。

これからも六角堂治療院は、皆様に「六角堂のおかげで、楽になったぁ~」「六角堂があって助かった!」の言葉を数多く頂けるよう、皆様方にいつも必要とされる六角堂治療院を目指して精進して参りますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

当院へのアクセス情報

所在地〒806-0021 福岡県北九州市八幡西区黒崎2-7-15 花田ビル1F
電話番号093-645-6711
予約お電話でのご予約が可能です
休診日土曜日の午後
日曜・祝祭日
概要北九州市で整体が受けられる整骨院を利用したいとお考えの方は【六角堂治療院】まで。体の痛み(腰痛・肩こり交通事故後の痛み)でお困りの方向けの施術や、骨盤矯正を行っております。

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